煮詰まるの誤用について、本来の意味と、行き詰まるとの違いは?

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普段当たり前に使っていた表現が
実は誤用だったということ、ありませんか。

やってしまいがちなのでは「役不足」「気の置けない」
「情けは人の為ならず」といったところですが
これらはすでに知っている人も多いかもしれません。


最近知ったのは「煮詰まる」の誤用。


「行き詰まる」と混同されることが多いですが、
正しい意味をご存じでしょうか。

また、なぜそのような意味で使われたか、
そして誤用が広く浸透してしまっている言葉は
どう使っていけばいいかについて考えてみました。


正しい意味は


「煮詰まる」というのは元々は料理で
煮汁がほとんどなくなるまで煮込んだ状態ですよね。

煮物はもちろんのこと、
ソースやジャムを作る時にも使う調理法です。


ここから転じて
「議論や討論が十分にされて結論が出てきた状態」
のことをいいます。まあご存じな方も多いでしょう。


例えば会議なんかで
「さて、そろそろ議論も煮詰まってきたことですし、
結論に移りたいのですが…」
と進行役の人が言った場合、

みんなの意見が出されて話し合われたので
結論をまとめて会議を終わりましょう
という意味合いです。

まとめる、と言いましたが、
この時点で会議の参加者は
どのような結論が出るかは、すでに分かっています。


これが誤用ではない
本来の意味での「煮詰まる」ですね。


世の会議室では
いつまでも結論の出ない話し合いが延々と行われたり、

ワンマン上司が部下に意見を押し付けるだけで
単なる命令を無理矢理みんなの意見にさせて責任を分担させる、

そのような名ばかり会議がはびこる中、
みんなの意見を取り入れて煮詰める段階までたどり着くのは
大変めでたいことです。

私も一度は「煮詰まってきましたね…」
などとさらりと言ってみたいものです。


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残念な意味でも


では同じ「煮詰まる」でも
みんなでわいわい鍋物をしている場合はどうでしょう。


最初はおいしいおいしいと食べていた鍋が
「おい、そろそろ煮詰まってきたぞ」という場合、
水を足したり火を弱めたりなどの対策がされます。

つまりここでの「煮詰まる」好ましくない状態です。


対策されているうちはまだいいのですが、
みんなお腹もふくれてきて場も盛り上がり、
お酒をほどよく回ってきて話に夢中、

そして気が付くと鍋の中には忘れ去られた具材たちが
ほとんど乾燥しかかった状態でしゅんしゅんと佇んでいる。

こうなるとどうしようもないですね。

片付けるのも面倒になって、
火だけ止めてそのままだらりと寝てしまう。

すると翌日の朝に煮詰った上に冷めた料理
みんなで眺めることになります。


たぶんこいったことから転じてきたのだと思いますが
「会議などで議論されつくしたが結論の出ない状態」
つまり行き詰まることです。


ああ考えてもこう考えても上手くいきそうにない、
どこかで問題点が残り、
しまいにみんな考え疲れてじっと腕組みして
場には切ない沈黙が流れる。

この状態は確かに
朝に冷めた料理を眺める時の心情と
重なるものがあります。


誰が使い出したのは分かりません上手く例えたものです。
「行き詰まる」状態を「煮詰まる」と、
しかしこの使い方は誤用なんですね。


急に誤用と言われましても


なんでも
40歳以下の人のうち4割近くがこの使い方をしている
のだとか。


私も使っていましたよ、
どうしようもなくなった時に
行き詰まると書いてニツマル、みたいな感じで。

最初に述べた会議の結論がおいしく出来上がった方の
使い方も知っていたので
「順調な時にもそうでない時にも
 両方使える不思議な言葉だなあ」
とか思っていたのですが、そんなことなかったのですね。

困るなあ、結構自然に使っていたのに。


ですが誤用だと言われればしょうがないです。
文句を言ってもはじまりませんし、
そもそも誰に文句を言えばいいのかも分かりません。

大事なのは
誤用がある程度浸透してしまっている言葉をどう使うか
ということですよね。

これについても考えてみました。
しかし長くなったのでこれについては
次の記事で述べたいと思います。
煮詰まるなど、誤用の意味が広がっている言葉をどう使う?


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